東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)2270号 判決 1967年9月05日
東京西南信用組合
理由
一、《証拠》によれば、原告主張の小切手は、訴外笹森久男がさきに流通においてしまつた被告組合振出名義の偽造小切手を回収するため訴外笠原汪幸同塩谷守三が偽造印を押捺することを知りながら、他より貰い受けた小切手用紙に金額振出人振出日欄を空白としてその余の部分の記載あるものを訴外笠原汪幸に交付したものであるところ、右笠原が訴外塩谷守三とともに偽造の「東京西南信用組合理事長金井富三郎」なるゴム印および理事長の職印を押捺し、金額をチエツクライターで記入するなどして完成せしめたものであることが認められる、右認定を左右できる証拠はないから本件小切手は偽造の小切手であり、被告が振出人としての責に任ずべき理由はない。よつて、被告が振出責任を負うべきことを前提とする主位的請求は失当として棄却すべきである。
二、よつて、次に不法行為に基く損害賠償の予備的請求について判断する。
《証拠》を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、
前述のとおり訴外笹森久男は被告組合理事長名義の偽造印が押捺されることを知りながら小切手用紙を訴外塩谷守三同笠原汪幸に交付し、右塩谷らは本件小切手の偽造を完成させた上これを訴外山崎規男に交付した。右山崎はこれを訴外岡本一之に割引を依頼したところ、さらに右岡本はこれを原告に割引を依頼した。原告は訴外呂烈通から資金の融通を得た上割引くこととし、呂烈通とともに被告組合店舗に赴いて振出の事実の有無を確認してから割引金を交付することとした。ところが、同道する筈であつた山崎規男は呂烈通とともに二人だけさきに店舗内に入り、山崎規男が笹森久男に面会を求めた。笹森はこれよりさき前記笠原から電話で本件小切手の振出確認にくることを知らされていたので右山崎らを直ちに二階応接室に通して呈示された本件小切手が被告組合振出に相違ない旨承認し、原告主張のとおり自己の名刺裏面に小切手番号を記載し相違ありません旨を記載しこれを右山崎らに交付した。右山崎らはこの名剌を原告に交付して預金課長笹森久男に面接し確認を得た旨を報告したので原告は本件小切手の交付を受けて原告主張のとおり割引金の一部として合計金二六二万円を右岡本一之に交付した。
以上のとおり認めることができ、証人山崎規男の証言中右認定に反する部分があるが、右は措信しない。
右に認定した訴外笹森久男の所為は本件小切手を取得するものに対する不法行為というべきところ、被告は原告は本件小切手の偽造であることを知つていたものであるという。なるほど原告らが本件小切手の振出の有無について取引銀行を通じて確認することなくわざわざ店舗まで赴きながら、原告自身は店舗内に入らず、しかも預金課長に過ぎない笹森久男の名刺の裏に記載した承認文言に満足したこと、また、本件小切手が通常の状態では先日付で振出されるとは考えられない金融機関振出のいわゆる預手であること、山崎規男がはじめから本件小切手の偽造に関与した笹森久男に面会を求め、かつ確認にいくことを笠原を通じて知らしてある疑があることなどからみると、少くとも山崎規男は本件小切手の偽造あることを相当程度以上に知つていたのではないかと思われるが、原告が本件小切手の偽造なることを知りながら割引依頼に応じたものと断定することはできない。原告が割引依頼を受けた後の前認定の事情は後述のとおり原告としては軽率のそしりは免れないけれども、このことから原告が偽造の事実を知つていたものと推認することはできない。他に原告の悪意を推測させる事情はない(原告がもと被告と取引があつたからといつて本件小切手の代表理事のゴム印職印を偽造であるとの疑を挟むべきであるとすることは酷に失する。)から原告は被告に振出責任あるものと信じて本件小切手を割引により取得したものと解するほかはない。
なお被告は原告が手形師といわれる詐欺団の一人であるというがかような証拠はない。
してみれば、訴外笹森久男の不法行為により原告は割引金として交付した前記金員相当の損害を蒙つたものというべきである。
この点について、被告は原告の損害と、笹森久男の偽造行為との間に因果関係は中断されているというけれども、笹森久男は本件偽造小切手が転々流通するおそれあることを知りながら塩谷らをして偽造を完成せしめるに至つたからといつて原告が割引による取得との間に因果関係の中断あるとはいえないから右の主張は採用しない。
よつて、被告の賠償責任について考えるに、被告の業務内容および笹森の前記行為の行われた当時の被告組合における地位については原告主張のとおりであることは被告において争わず、したがつて笹森久男は預金課長として預金の受入れ業務を担当する窓口の責任者であつた(証人山崎光雄同笹森久男の各証言により認めることができる。)ところ、いわゆる預手の発行に直接関与するものではないにしてもこれとは密接な関係を有するものというべきであるから、右笹森の前記所為は被告組合の事業の執行につきなされたものとしなければならない。しからば、被告は使用者として右笹森の不法行為につきその責に任ずべきところ、被告はその選任監督につき懈怠がなかつたという。しかしながら、証人山崎光雄の証言によつても右主張事実を認めることができず他に認めるに足る証拠はないからこの二点の抗弁も採用できない。
よつて損害賠償の数額について検討するところ、前述のとおり原告は金二六二万円の損害を蒙つたのであるが、その後右のうち金五〇万円は返還を受けて損害がなくなつたことを自認しているところ、原告の本件先日付小切手取得時における前認定の事情からすれば、原告において本件小切手が通常の取引から発行された小切手ではないことを容易に知り得た筈であり、さらに慎重に自ら確認する方策を講じた上本件小切手を取得すべきであり、これをしなかつた点において過失があり賠償額の算定において斟酌する要がある。しかるときは、被告の原告に賠償すべき損害額は二分の一である金一〇六万円とするのが相当である。
よつて、被告に対し金一〇六万円およびこれに対する割引金の一部として後に金五〇万円を交付した日の翌日から右完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払を求める限度において原告の請求を認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。
なお、原告は本件小切手を呈示期間内に適法な支払呈示をしなかつたこと原告の主張自体明らかであるが、右は本訴損害賠償請求の当否に影響はないと解するのが相当であるのみならず、原告本人尋問の結果により呈示期間内に支払人でありかつ振出人とされている被告に呈示しすでに偽造である旨を告げて支払を拒まれていることが認められるので、さらに遡及権保全の途を講じなかつたことを斟酌すべきではないと考える。